日本経済新聞出版から、『コロナ危機の経済学』(編著:小林慶一郎、森川正之)が出版されました。
八田は「第3章 パンデミックにも対応できるセーフティネットの構築」を執筆しました。新型コロナウイルスのパンデミックが露わにした、現行のセーフティネット制度の弱点を解消し、「給付を迅速に支給できるセーフティネット」を構築する方策について、検討・提言しています。
日本経済新聞出版から、『コロナ危機の経済学』(編著:小林慶一郎、森川正之)が出版されました。
八田は「第3章 パンデミックにも対応できるセーフティネットの構築」を執筆しました。新型コロナウイルスのパンデミックが露わにした、現行のセーフティネット制度の弱点を解消し、「給付を迅速に支給できるセーフティネット」を構築する方策について、検討・提言しています。
私の小文「パンデミックに対して経済を頑健化する制度改革」が、RIETIの「特別コラム:新型コロナウイルス-課題と分析」の一つとして掲載されています。
新型コロナウイルス (COVID-19) の感染拡大防止策として休業補償をすることを、政府は現在、不可解なほど躊躇しています。これは、「補償を一旦してしまうと、将来のパンデミックに対しても大型の財政支出を繰り返し続けなければならなくなる」と心配する人々からの抵抗があるからではないかと思います。
小文の主なメッセージは、将来のパンデミックに対して適切な制度改革を行えば、その心配は無用だというものです。すなわち、「将来繰り返されるパンデミックに備えて、雇用保険・パンデミック休業保険などの各種の社会保険制度を整備すれば、リスクの高い業種の利用者に、日頃から高い保険料を払ってもらうことができる。そうすれば次回のパンデミックからは、財政支出を大幅に削減できる」という主張です。
この改革を行うことを決めてしまえば、今回の緊急経済対策の追加措置として休業補償を行っても、それに伴う大型財政支出は今回限りで済むため、将来の支出への歯止めができます。それゆえ、休業補償を今こそ果敢にやるべきだというものです。
なお、本コラムの執筆に際しては、八代尚宏氏、井堀利宏氏、佐分利応貴氏、保科寛樹氏からそれぞれ貴重なコメントを頂きました。残る誤りは筆者のものです。
コラムの本文はRIETIウェブサイトにてご覧ください: 「パンデミックに対して経済を頑健化する制度改革」(八田達夫)
コロナウイルスに対する経済政策として、様々な企業への損失補填が提案されている。しかし、全ての損失を補填することが適切なわけではない。コロナウイルスに対する経済対策は、次の3つに分類して行うことが有効である。
(なお、経済学的な観点からの市場に対する政策関与の根拠は、1については、外部不経済対策、2については、情報の非対称性と公共財の提供、3については、価格の硬直性による不均衡の解消、再分配、公共財の提供である。)
個々の項目を詳しく説明すると以下の通りである。
格闘技イベント「K-1 World GP」は、政府や埼玉県の自粛要請にかかわらず、3月22日にさいたま市で6,500人の観客を集めて開かれた。しかし、十分な補償を伴う自粛要請であったならば、結果は変わった可能性は高い。神楽坂では、ガールズバーのガールズらが、プラカードを持っていつにも増して必死に客引きをしている。このバーも、政府が、雇用を犠牲にしないという条件の下で経営者に補償することにすれば、進んで休業するであろう。
飲食店、各種イベント業、ホテル、航空業など、感染可能性があるサービスの利用自粛を政府が市民に要請するに当たって、事業者に対して休業補償を行えば、自主的な休業を行う動機を与える。この措置は、コロナ感染が落ち着くまでは、何ヶ月でも必要である。
さらに、営業停止の措置をとる場合にも、公共的な利益のために特定の事業者の私権を制限するための補償が必要である。
具体的には、このような分野の事業者に対して、前年に比べた収入減が20%を超える場合、自己申告させ、20%を超える収入減少分を企業に支給する1。ただしこの支給は、事業者が解雇しないことを条件とする。この自己申告額は最終的には、当該年の確定申告でチェックして補正する。
企業への支給の補填財源としては、翌年に、当該年の所得が700万円(あるいは中位所得)以上の世帯に対する臨時所得税増税を行って賄う。この増税規模が大きくなった場合には、延納を認める。この財政措置は、当該年にソーシャル・ディスタンシング政策によって不利益を得た事業者や従業員に対して、利益を得た世帯(のうち比較的裕福な層による)が費用分担するものであるから、当該年における所得水準に基づいた負担が行われるべきである。
中国からの部品が届かないなど、ウイルスに起因する供給制約に直面している分野がある。これは、地震や台風、さらには石油価格の高騰などと共通の経営環境の変化であって、元来は経営者が保険に入るなりして非常時に備えるべきことである。したがって、原則として事業者への給付はすべきでない。このような分野では、従業員を解雇しないという条件の下で、事業者に対する貸し付けに留めるべきであろう。財源は国債である。
コロナの検査を徹底的に行う、人工呼吸器の増産をする、必要な臨時病床を増やすといった投資や、退職している看護人材に職場復帰してもらうための財政措置が必要である。それに加えて、デジタル機材による遠距離診療を始めるためのタブレットを始めとした機材にも投資しなければならない。
上記の特定分野を超えて、経済全体が景気後退になるときには景気対策が必要になる。これは基本的には、リーマンショックのときにも必要とされた対策である。次のa, bの2種に分類できる。
① 雇用調整助成金の拡充
従来雇用されていた労働者に対しては、雇用調整助成金の拡充が有効である。これによって、売り上げが大幅に減った企業から職を失うことなく失業保険並みの給付を受けることができる。
② 生活保護受給者数の増加
低所得者の増大に対する最終的な対策は、生活保護の受給者数の拡大である。しかしこれには、受給者が車などの資産を手放し、貯蓄をほとんど使い果たさないと受給できないなど、時間を要する。即効性が必要な、不況対策としての再分配には向かない。しかも行政コストが高い。
③ 失業保険の受給期間の長期化など需給条件の緩和
④ 低所得者に対する定額給付金
これは、条件をつけなければ、最も迅速に支払うことができる。この財源としては、将来の好況時に賄えるように、中高所得者の所得税率を引き上げ、例えば所得が700万円以上の人に負担してもらうことによって、再分配を実現できる。
支給の迅速性を損なわない工夫ができるのであれば、支給に条件を付けて給付の規模を小さくすることが望ましいが、あくまで迅速性を最重視すべきである。その結果支給額が大きくなれば、その分、所得税増税規模を高めれば済む。
将来世代が必要とし、いずれはしなければならない公共投資(例えば、老朽化したインフラの整備や、科学技術への投資など)は、新たな国債を発行してもやる価値があり、世代間の不公平ももたらさない。これは基本的に通常の景気対策と同じである。
ただし緊急融資に関しては、ゾンビ企業を存続させてしまわないよう、過去の失敗の経験に照らして、融資制度を注意深くデザインする必要がある。
上記の経済対策の財源は、短期的には国債を発行するものもあるが、その財源はどう賄うべきであろうか。
消費税は、上げるたびに景気を悪くする特性があり、また今後非正規雇用者への所得再分配はますます重要になっていくので、今回増額する国債の発行の償還財源として望ましくない。中所得者以上の所得増税に頼るべきである。
幸か不幸か、現在の日本は、以下の図が示すようにGDPあたりの所得税支払いがOECD先進国の中で最低レベルである。所得税の制度を整備することによって、大きな財源を得られる。
雇用調整助成金が支払われる場合には、雇用調整助成金と売り上げ収入との合計額の減少が、前年収入の20%を越えた額を企業に支給する。↩︎
第3項目の「特区制度に対する攻撃」について。毎日新聞が特区制度に関して誤った報道を続けております。例えば、特区は特定の新規参入者に特権を与える制度だという前提に基づいた報道をしています。民間議員は連名で、この誤りを数回にわたって指摘し、訂正を求めてまいりました。しかし何の対応もされず、抗議を行ったことの報道すら未だ行われていません。さらに、取材と称して、規制改革の提案者の自宅を訪問して提案者を怯えさすというような事態が続いています。結果として、毎日新聞は、業界団体や既得権者を守る活動を続けています。これは、もはや報道機関としての正当な活動ではなく、特区の運用に対する妨害であります。岩盤規制改革のドリルとしての特区制度を守るために、今後も抗議を続けていくつもりです。この発言は、特区諮問会議の議事要旨(p. 5)に掲載されています(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai41/gijiyoushi.pdf)。